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東京高等裁判所 昭和31年(う)567号 判決

控訴人 被告人 米山基太郎

弁護人 渡辺元 外一名

検察官 磯山利雄

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金二万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に置する。

押収にかかる昭和三十年二月四日附信越タイムス号外一二六八枚(原庁昭和三十年証第三五号の一)同年二月二十五日附信越タイムス(片面刷)七五五枚(同上証第三五号の四)はこれを没収する。

被告人に対し公職選挙法第二百五十二条第一項所定の五年間選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用しない。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人渡辺元、渡辺卓郎の共同提出にかかる控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し次のとおり判断する。

控訴趣意第一点について。

所論は、要するに公職選挙法第百四十八条の二第三項の規定は憲法第二十一条に違反したものであり、同条をもつて被告人に対し有罪を認定した原判決は違憲無効であるというに帰着する。しかし、憲法第二十一条は、言論、出版その他一切の表現の自由を絶対無制限に保障しているのではなく、公共の福祉のため必要ある場合には、その時、所、方法等につき合理的制限の存するものであることは論をまたない(最高裁判所昭和二四年(れ)第二五九一号、同二五年九月二七日大法廷判決、昭和二八年(あ)第三一四七号、同三〇年四月六日大法廷判決参照)ところであつて、公職選拳法第百四十八条の二第三項が衆議院議員選挙その他同法の規定する選挙において、何人も当該選挙の候補者の当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて新聞紙又は雑誌に対する編集その他経営上の特殊の地位を利用して、これに選挙に関する報道及び評論を掲載し又は掲載させることを禁じた所以のものは、所論のように、凡そ新聞紙が規則的連続性(日刊若しくは定期刊)によつて、大衆に対し迅速に事実の報道及び評論を伝達する文化的手段であり、新聞紙を介して読者を指導し、公衆及び世論を形成し或は世論を代表するなど公益のために奉仕する重要な社会的機能を有し、その本質上公器性が要求されているという社会大衆に対し重大な影響力をもつているだけに、その報道や評論によつて選挙人が判断を左右され、これがため却つて、公職選拳法の目的とする選挙が選挙人の自由に表明せる意思によつて公明且つ適正に行われることを確保し、もつて民主政治の健全なる発達を期することを阻害する虞があるからにほかならないのであつて、右の禁止は、公共の福祉のため憲法上許された必要且つ合理的の制限と解することができる。それ故公職選拳法第百四十八条の二第三項が違憲なりとの所論は理出なく、また原判示事実は判文上同法条の規定する要件を充たして、かけるところがないので、原判決を目して違憲無効の判決なりと非議する論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 工藤慎吉 判事 草間英一 判事 渡辺好人)

弁護人渡辺元、同渡辺卓郎の控訴趣意

第一点原判決は憲法第二十一条に違反している。

思想、言論、表現の自由は近代国家の成立に当つて要求されたいくつかの自由権の中で最も基本的なもので、その重要性については改めて論ずるまでもないところである。憲法第二十一条………言論、出版その他一切の表現の自由はこれを保障すると規定しているが、この自由は憲法の基本的原理である民主主義との関連に於て、特に重要視されなければならない最も基本的な自由である。何故ならば個人の自由の要求は一般的には国家からの自由として専制的国家組織と対立し、それから解放されることを目的としているものであるのに、ひとり思想、言論、表現の自由はそれによつてのみ民主主義的国家組織が構成されうるものとして、基本原理と結合し、国家が民主主義的に構成されていればいるほど益々それが要求されるのである。而して、憲法に所謂「表現の自由」は新聞が事実を報道する報道の自由及び評論の自由を含むものであることは勿論である。凡そ新聞は規則的連続性(日刊若しくは定期刊)によつて、大衆に対し迅速に事実の報道及び評論を伝達する文化的手段であり、新聞紙を介して、読者を指導し、公衆および世論を形成し、或いは世論を代表する等公益のために奉仕する重要なる社会的機能を有し、その本質上、公器性が要求されているものであつて、公共の福祉のため必要欠くべからざる使命を有つものである新聞紙が選挙に際し、事実を報道し評論することは憲法によつて保証された自由であるばかりでなく民主主義の進運と公共の福祉のために絶対不可欠のものである。公職選拳法第百四十八条の二の第三項は新聞紙又は雑誌の選挙に関する報道及び評論を制限した規定であるが、同項は「当選を得若しくは得しめない目的をもつて」及び「編集その他の経営上の特殊の地位を利用し」と規定しているが、その構成要件は見る者の主観によつて左右される危険を有し、かかる規定は之を適用しようと思えば、検察官或いは裁判官の主観によつて如何なる場合にあつても之を適用して「当選を得若しくは得しめない目的」があると認定したり、「編集その他経営上の特殊の地位を利用し」たと認定することが可能なのである。このことは、一切の表生の自由が前記憲法によつて保障される以前の言論出版その他の自由弾圧の時代にあつて、治安維持法をはじめ新聞紙等掲載制限令、言論、出版、集会、結社等臨時取締法、新聞紙法、出版法等のなした役割を想起させるものである。かかる事態を少くとも招来する虞れのある右公職選挙法第百四十八条ノ二の第三項の規定は憲法の保障する「一切の表現の自由」を妨げるものであつて、無効であり、同条をもつて被告人に対し有罪を認定した原判決は違憲無効の判決と謂うべきである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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